国益にかなう平和外交
日本は四方を海に囲まれて、どうしても島国気質が根底にあると思います。いわゆる一国平和主義というのがその象徴です。僕は「One
for all, all for one」といつも言っています、「一人は世界のために、世界は一人のために」です。国際社会との協力・協調のできる、日本を構築していくこと。それが民主社会主義のあり方だと思っています。
一国平和主義の時代は終わりました。世界平和のために日本は何をしなければならないのか、戦後58年の尊い、そして貴重な経験を活かしていくことが、僕たちにはできるのです。
いま、北東アジアの緊張が高まっています。緊張の解決には国連と多くの国々に働きかけながら、日本はアジアの中心的存在としての役割を担っていかなければなりません。ところが、日本外交は役人主導の追随外交となってしまっているのです。もっと政治が主体性を持つべきだと思います。
日本にとって、専守防衛に徹する考えは何ら変わることはありません。非核三原則の堅持は、いまや日本の国是ではなく世界の共通認識にしていく、そのために日本はリーダーシップを持って国際間の協調を強めていく。このことを、もっと粘り強く主張していくべきです。
しかし、残念ながらアジアの国インド、中国も核の保有国となってしまいました。北朝鮮も核開発を外交カードに使い、核保有の可能性まで言及しています。日本は核を抑止力として持たない以上、専守防衛の考えの中で、集団的自衛権のあり方を検討する段階に入ってきていると思います。
ただ、米国のように「平和のために血を流す」のではなく、日本は「平和のために汗を流す」このことに徹し、世界平和の構築に努力していくことは言うまでもありません。
これからの日本は、国連を中心に国際貢献を果たしていく。そのための努力を続けていかなければならないと思っています。
昨今、戦後の戦勝国による国連の問題点が指摘されています。日本は国連憲章に敵国条項が残っていて、いまだに敗戦国待遇です。発言権もない我が国は、それでいながら、国連への分担金が滞納を続ける米国に代わって、実質一位となっているのです。第二次世界大戦時の賠償金的な色合いをいつまでも引きずっている、いつまで制裁を受けなければならないのか、国連改革も日本にとっては大きな仕事です。
一国平和主義から国際平和協調へと時代が移っていく中で、日本は、国益を考えて、国連を中心に世界貢献を行っていこうとするならば、国連改革は避けて通れません。
世界平和の構築に向け、今の日本が唯一できる方法は、国連を中心とした取り組みだと思うのです。
日本の安全保障について、有事関連法案が成立を見ましたが、戦争ばかりではなく、本当はテロ、災害を前提としての基本法が必要なのです。また、有事の際の国民保護法も急がなくてはならないと思います。
国際貢献の名のもとに、国民の総意とは反対の自衛隊派遣を可能にした米軍支援のイラク特別措置法が成立しました。
派遣について米国は、日本の国民感情を考慮してか、自衛隊の活動内容は「日本が主体的に判断すべきこと」と言っています。米国に言われる迄もなく、日本が独立国家であるなら「主体的判断」は当然のことなのです。
マニフェストを実行する政権政党へ
このままの日本の政治では、本格的な改革はできないと、僕は思っています。特殊法人改革に真っ向反対の姿勢を貫く道路公団総裁を、ただ一人辞めさせることすら苦労するようでは、どうしようもありません。2007年4月からの郵政三事業民営化も、族議員の抵抗で、看板の掛替えで終ってしまうでしょう。国民人気の追い風を受ける小泉首相。小泉首相の腹のうちは、国民受けする郵政民営化を掲げ、族議員を敵役に仕立てて自民党との対決構図を見せることなのです。これは「自民党を壊す」と公言したつじつま合わせと、経済失政の責任転嫁でしかありません。
景気の低迷を受け、厳しい経営状態に置かれた中小企業に対する支援対策も置き去りにはできません。しかし、政府は金融システムの安定化に力を注ぎ、モラルハザードを引き起こしかねない実質破たんに陥った「りそな銀行」への2兆円の公的資金注入や生保の予定利率引き下げなどを断行しました。
大手企業の救済ばかりに血まなこになっていては、元気な日本経済は取り戻せません。日本経済を支えているのは99%を超える中小・零細企業です。中小・零細企業支援策を充実していかなければ日本経済を強くすることはできないと思うのです。中小企業を強くすることが、真の日本再生につながっていくと、僕は確信しています。
これらの問題解決は緊張感溢れる二大政党制から生まれてきます。日本の将来をどのような国にしていくか、国家ビジョンを明確に打ちださなくてはなりません。官僚主導が続く限り、いまの政府では痛みに耐えても、その先が何も見えてきません。
例えば、日本にはいま、経済についての国家ビジョンもない、外交についての国家ビジョンもない、ましてや日本の国が将来どういう国家になっていくのか、これもありません。だから僕たちが福祉国家をめざすと言ってもよく分かってもらえない。21世紀の日本型・福祉国家は、寝かせきりの「保護政策」から生涯現役社会の「自立型」を実現させていかなければならないのです。
年金・医療・介護をワンパッケージにしながら、将来をめざしていく。そのためには消費税を上げることではなく、消費税を福祉目的税としてその使い道を明確にさせる。今すぐしなければならないこと、3年後にできること、それをどのような方法で、そして将来にどうつなげていくのか、このことを示していくのがマニフェストの意味するところです。僕たちが政権を担ったら、21世紀の日本型・福祉国家をめざしたマニフェストを示し、日本の抱える問題点に数値目標を定めて3年以内に答えをだす。そのために民主、自由の合流を果たすことで二大政党制の実現へ向けての行動を起こしていきます。国民との契約が実行できなければ、当然、政権交代となってしかるべきとの覚悟で、僕は臨んでいきます。
日本の進むべき道(国家ビジョンを示せ)
(健全な長寿国であるためには、将来の不安をなくすこと)
日本はいま、少子高齢化に歯止めが掛からない状態となっています。2002年度の1年間の出生者数は115万人余と、1979年度に同様の調査をして以来、最少を記録しました。年代別の人口構成比でみても、15歳未満の年少人口が減少を続けているのに対し、65歳以上の老年人口が18%を超えて、労働力の担い手となる生産年齢人口が毎年減っていると、総務省が発表しています。この、悲観的で危機感をあおる数字には、元気に遊び回る子どもたちが公園から姿を消し、逆にベンチで日なたぼっこをするお年寄りでいっぱいになる、そんなイメージを抱いてしまいます。
しかし、65歳はとても若い。いまでは、70歳でも元気に働くことができるのです。その上、日本の高齢者は戦後の高度経済成長を支えてきた、優秀な人たちばかりです。この人たちの経験、技術、豊富な人生観を埋もれさせることなく、もっと有効に活用できる仕組みをつくっていくべきだと考えています。
僕は、「高齢社会になって年金、医療費が大変だ」などと国が不安感を誇張する言いかたには疑問を感じてなりません。例えば、年金資金は特殊法人などに流れて、国民の知らないところで遥かに想像を超えた額が無駄に使われてきています。資金運用の失敗もあります。そうしておいて、高齢者が増えて財源が足りなくなるから負担を増やすでは、あまりに国は無責任です。
2004年の年金制度改革に向けて、国は年金保険料の負担増、給付の引き下げを行なおうとしています。これでは、国民の暮らし、将来設計に大きな不安を与えてしまうだけです。
日本は世界になだたる長寿国家として、将来が安心して暮らせる福祉国家のあり方を真剣に論じて、まず年金制度を不安のないものにしていくことが必要だと思うのです。社会保障を確たるものにしていくには、負担を増やすだけのことしか考えないようでは駄目。年金制度の根本的な見直しを行うべきです。加えて何処でも誰でも安心して掛かれる医療制度、特に日々の暮らしにおける予防医療に国はもっと関心を払う必要があります。スポーツ、趣味、娯楽を上手に取り入れ、ストレスが溜まらない方法を国や行政が民間と一体となってバックアップする仕組みをつくり出していく。しかし、残念ながら、このことの国家ビジョンが示されていません。
21世紀型の福祉国家をめざし、日本はいま、生涯現役社会のモデル国家としてのチャンスを、最大限に生かす機会に恵まれていると言えるのではないでしょうか。
(時代の流れに沿い国力を高めるには教育の原点を見直すこと)
戦後58年、子どもたちを取り巻く社会、家族、そして教育環境は大きく変わってきました。ゆとりと豊かさの教育は、一人ひとりの個性を伸ばすものでなければならないはずです。しかし、必ずしもそのようになっていません。少年犯罪が低年齢化し、多発化しているのも、その表れだと思います。もう一度教育の原点である「知育・徳育・体育」を柱に、今後、日本の国がどうあるべきかを考えながら、教育基本法のあり方を議論する時期にきていると思います。
今までは環境に対する教育は謳われていませんでした。ITを中心とする情報関連の教育もありません。もっと基本的な部分の「食」について言えば、いままで僕たちが育った時代と比べて、食事作法や躾が十分に教えられてきているとは決して言えないと思います。
食事の前の「いただきます、ごちそうさま」が言えない。言わなくても叱らない親や教師。箸も正しく持つことすらできない。食べることへの感謝の気持ちが、家庭や教育の場から姿を消してしまいました。
コメは日本の食文化の中心です。田んぼ一面に育つ稲は、雷の発生が多い年には豊作になると伝えられています。雷がよく落ちる場所の稲の発育と、そうでないところと比べると、格段の差が生じていることが分かっています。
雷のことを稲妻と言います。「稲」と「妻」、つまりコメと雷の関係は夫婦・家庭円満の象徴なのです。家庭が円満であれば、子どもは素直にすくすくと育ちます。ところが家庭円満を象徴するコメ文化に異変が生じているのです。コメ離れが起きて、日本の家庭環境、教育のあり方が大きく変わってきてしまったように思うのです。
日本の食糧自給率は、いまや40%以下となってしまいました。食品の安全性や食べ残し、無駄を出さない食生活についての正しい教育も置き去りです。
大切なものを置き去りにして、時代の流れだけを追いかけているのが、いまの教育の姿ではないでしょうか。そして教育の現場では教師と生徒間の隔たりも大きくなっています。先生と生徒の信頼関係を取り戻し、相互の溝を埋めていくことが必要です。教育の質を深め、国力を高めていくためには欠かせないことなのです。
教育は国づくりの根幹です。戦後58年、アメリカ主導の教育は、日本のコメ文化に象徴されるように、教育の良い部分を骨抜きにしてしまったと言えるかも知れません。日本本来の教育を取り戻すために、50年後、100年後を視野に入れた、教育に対する国家ビジョンが必要になってくるのでは、と思うのです。
(付加価値を付けたモノつくりが日本の経済再生にはかかせない)
底なしに進むデフレ経済。デフレを脱却するには、ある程度のインフレ目標が必要になります。また、円高進行は日本の輸出関連産業を弱体化させ、景気回復に水を差してしまいます。行き過ぎた円高とならないような施策を、しっかりと根づかせておかなくてはなりません。
スイスの調査機関によると、1993年には世界第1位だった日本の国際競争力は、2002年には30位にまで落ち込んでしまったとされています。資源が乏しい日本は、何処も真似のできない優れた加工技術やノウハウを駆使し、輸入した資源に何倍もの付加価値を付けて輸出をし、そして国際競争力を身につけてきました。日本は常に『モノづくりの原点に立ち返る』、このことを忘れてはならないのです。
世界第一位からの転落は、マネーゲームに明け暮れたことが原因です。日本が国際競争の中で勝つためには、額に汗して世界一の技術を磨き続けることが必要だったのです。価格競争の激化で価格破壊が起き、労働賃金の安い中国、東南アジアへと企業の転出が進んでしまいました。産業の空洞化現象です。この間、産業基盤の強化を国家ビジョンとして位置づけておかなければならないのに、国の対応は「無」に等しく、金融問題だけに明け暮れてしまいました。
日本から、モノづくりの基本政策をないがしろにすることは、今後、絶対にあってはならないと思います。
高齢社会の到来で、日本は素晴らしい技術、豊富な経験、卓越したノウハウが蓄積されています。知的財産権が国家の柱になっていくための人材が、既に用意されているのです。生産工場は海外にシフトしても、その頭脳は日本国内に留め置き、その能力が十分に発揮できる環境を整えておくことが、日本が世界で生き抜くためには必要なことだと感じています。
これからは、ただ単にいいものだけをつくっていればいいと言うのではなく、それをどのように保護していくか。知的財産と、生産技術の一体化が、21世紀の世界を制していくのではないでしょうか。そのための国家ビジョンを、日本は明確に示していかなくてはならないと思います。
2003年9月出版本「日本の進むべき道」より転載
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