モノづくりを忘れた日本
僕たちの祖先は、縄文時代、狩や漁、採集によって生活の糧を得ていました。いまから約6000年くらい前の話です。このころ、すでに、わずかながら簡単な畑作が行なわれ、コメ作りも部分的に始まって、約2400年前の縄文末期には灌漑用の水路をともなう稲作が全国に広まっていったと言われています。それに合わせて以後、手の込んだ装飾が施された土器や鉄器、青銅器がだんだんと造られるようになっていったのです。
四季に恵まれた温暖の地は、土壌もよく肥えて、農耕に適した環境をつくりだしてくれました。その土地を利用して農業が発達していったのです。
日本人は、いわゆる農耕民族です。農耕民族は土地に根をおろし、十分に時間をかけて、じっくりとモノをつくりだす術を覚えることで、さまざまな営みを可能にしてきました。その後、延々とモノづくりの文化が醸成され、今日の「モノづくり日本」を築き上げてきたのです。
モノづくりの技術があるからこそ、狩猟民族のように、獲物を追い求めて、日々の暮らしを転々と移動する必要もなかったのです。 モノづくりは日本人の社会基盤であり、暮らしそのものと言えるかも知れません。そのモノづくりを、最近の日本人は忘れてしまったように思えるのです。
資源の乏しい日本は安い原材料を仕入れ、真似のできない優れた技術とアイディアで、その原材料が十倍にも20倍にも高まる付加価値を付けた製品をつくりだす。そして半分は国内で、後の半分を海外へ輸出して、日本の経済力を高めてきました。
それが、バブル経済で浮かれ、目先の金を動かすだけで利益をあげる、かけ引きを覚え、当たればもうかるギャンブルのような狩猟民族的な商いを行なってきてしまいました。最盛期にはロックフェラービルの買収で象徴されるように、手当たり次第に米系企業を買収していった。東京の地価でアメリカ全土を買収できると豪語して、アメリカ人の気持ちを逆なでしたこともありました。こんなことは、モノづくりの精神を大切にする日本人には、まったく似合わないやり方だと思います。
日本経済は、モノづくりで支えていかなければならないのに、マネーゲームに翻弄されてガタガタになってしまいました。このことに政治家も、経済界も、そして国民も、日本全部が一刻も早く気付いて、本来の技術立国日本を取り戻さなければならない、と僕は思うのです。
知的財産立国をめざせ
モノづくりは日本経済を支える重要な基盤であり、技術の伝承と、さらなる育成・発展をめざしていかなければならないと思います。深刻なのは、産業の空洞化、頭脳の海外流出が生じていることです。これは国家の損失につながっていきます。
いま、日本経済は厳しい状態にあり、企業の国際競争力は著しく低下しています。かつて60年代には米国も日本と同じような状態にありました。しかし、アメリカが日本と対照的なのは、ヤングレポートに端を発した知的財産権の国家戦略を、いち早く打ち立てたことです。知的財産権の育成と保護のための強力なプロ・パテント政策を実行し、国家競争力の強化を図りました。その結果、2000年には特許使用料収支は219億ドルの黒字で世界のトップとなっています。
これに反し日本は8億ドルの赤字です。こうした事態に陥ったのは、80年代までの未曾有の好景気に安住し、各省庁の縦割り行政が是正できず、知的財産権に関する国家戦略を確立してこなかったことがあげられます。
日本は、一刻も早く知的財産の保護を視野に入れた国家的戦略を打ち立てることが必要だと思います。今までのように国の緩慢な危機対応では、取り返しのつかない状態になることは確実です。
今日の産業の空洞化を招いた原因は知的財産に対する国家戦略がなかったからだと思います。資源の乏しい日本は本来ならばモノづくり中心の政策を進めるべきところ、マネーゲームに走り通商政策を後回しにして、知的財産をおろそかにしてきてしまいました。ところが、米国は国益を最優先に考え、国家再生を図ってきたのです。英国も同じです。
僕は「知的財産は国家戦略の基本」と、5年以上も前から提言してきました。しかし、国の対応は鈍く、結果として今日の状態を招いてしまったと思っています。米国は既に知的財産を国家戦略として位置づけ、成功を収めているのです。
日米自動車摩擦のときに、米国は政・労・使が一体となって日本に乗り込んで、自国に有利な条件を突きつけてきました。反対に、日本は知的産業を重要視してこなかった結果、中国を始めとする極東アジアで模倣品が出回り、そのための特許侵害による損失は1兆5000億円を超えると言われています。
現場を預かる労働界がモノづくりの厳しさを一番良く知っています。そのことを考えると、日本もこれからは国と労働界とが一体となって、特許侵害に対して申し入れに出向くべきです。労働界が一体となった取り組みが必要になってきていると感じています。
知的財産基本法で質問
僕は、内閣提出「知的財産基本法案」に対する代表質問を行いました。法案は、内閣に小泉首相を本部長とする知的財産戦略本部を設置し、特許などの知的財産の創造と保護、活用を国家戦略と位置づけて推進し、国際的競争力の回復をめざすものとなっていました。基本法は国家戦略の柱となるべき重要な法案です。
日本は特許の審査期間が米国の二倍以上掛かっているのです。審査官が少なく体制も不十分だからです。これでは明らかに国際競争力が低下し、中国などに先を越されてしまいます。
模倣品や海賊版などの取り締りや具体的な取り組み、そして反対に外国からの特許侵害訴訟の対応にも本腰を入れる体制をつくっていかなければなりません。特許の取得に掛かる予算措置の問題も、早急に解決していかなければならないと思います。
国際競争力が激しさを増す中で、政府案がどれほどの実効性を発揮できるか未知数です。役人の縄張り争い、縦割り行政が続く限り、知的財産権の強化策につながっていくとは思えません。
国家戦略の中枢として十分に力が発揮できるよう専門機関である知的財産権庁をつくり、基盤強化を推進していかなければならないと思っています。このときの質問要旨が神奈川新聞に掲載されました。
一、知的財産権の基礎ともいえる特許法改正が盛り込まれておらず、基本法だけを出して事足れりとする姿勢は怠慢と言わざるを得ない。
二、内閣に戦略本部を置く手法は省庁間の縄張り争いから抜本的な政策を打ち出せておらず、知的財産権を全般的に管轄する知的財産権庁を置くべきだと主張した。これに対し、平沼大臣は「大学や研究機関による知的財産の創造推進、迅速で的確な特許審査のための取り組みの推進などにより、すみやかに産業競争力の回復を図りたい」と述べ、理解を求めた。
知的財産権庁設置の提案については「戦略本部は首相のリーダーシップの下、すべての省庁の協力を得て、知的財産の創造と保護、活用に関するすべての政策を集中して推進するもので、十分に実効的な推進機関と考えている」と反論した。
(平成十四年 十一月二日付 神奈川新聞)
コピー王国、中国の問題点
270キロで走る新幹線に乗って、不安を感じた人はどれくらいいるでしょう。日本の新幹線は本当にすごい、大発明だと思います。1964年の開業以来39年間、一度も大事故を起こしたこともありません。しかも、ひかり、のぞみ、こだまと、ほぼ5分から10分おきに走っているのです。本当に信じられないすごさです。これは日本の素晴らしい技術の集合です。いくつもの運行システムが複雑に重なりあって、五分間隔の安全運転を可能にしている。僕たちは普段、何の疑問も不安も持たず、当たり前に利用していますが、改めて考えてみるとこれは大変な技術です。
中国政府が北京、上海間の1300キロを、高速鉄道で結ぶ計画を発表し、発注作業が終盤を迎えています。日本も新幹線方式を採用するようにと、売り込みをかけていますが、1兆5000億円にのぼる中国の高速鉄道計画には、フランス、ドイツも名のりをあげています。日本の政府や財界では「新幹線が採用されれば、国威の発揚につながる」と、期待をかけています。落ち込んだ日本経済に明るさが見えてくるとでも言うのでしょうか。
ところが、新幹線の技術を持っているJRでは「世界に広げる好機」と捉える考えと、「中国に技術をコピーされてしまう」という考えと、意見が二つに分かれていると言うのです。確かに、新幹線には最先端技術の集合体、言い換えれば、国家機密に等しい日本の技術が凝縮されているのです。米国の宇宙技術とか、戦略ミサイル技術に匹敵、もしくはそれ以上のもので、そのすべてが中国の手に渡ってしまうことになりかねません。
読売新聞の社説は「したたかな中国は、ドイツの技術で建設した上海のリニアモーターカーを車両はドイツ、軌道部分を中国が分担し、先端技術を安く取得して、輸出産業に育てようという思惑が透けて見える」と書いています。さらに社説は「中国に新幹線を輸出する場合は、第一に、部品ではなく運行システム全体。第二に、知的財産権の盗用防止。第三に、正当な対価を受けとること。これが輸出三原則で、中国がこれを拒むなら、フランスかドイツに譲るのもやむを得まい」と言うのです。国益を考えるなら、まさにその通りかも知れません。
既に、中国にはハイテク分野の製品で、高度な技術がコピーされ、特許の侵害が平然と行われているのです。そんな感覚で新幹線が中国を走りだし、システム操作の誤りや車両の扱いミスで事故でも起こしたら、損害賠償など、大変なリスクを背負うことにもなりかねません。
模傲品被害も依然として後を断ちません。昨年末、中国の日本商工会議所が行った会員企業のアンケートによると、年間10億円以上の被害を受けた会社が13社、5億円以上10億円未満が12社などとなっていて、日本企業の被害総額は「年間1兆5000億円を超える」と推定されています。日本は中国政府に善処を求めていますが、模倣品の手口はますます悪化の一途をたどっています。
有名日系企業と似た企業名で、平気で会社を設立したり、模倣品をつくりだすなど、大胆で、手口も巧妙になっていると言います。
こうした問題解決に、欧米系企業は自国の政府や他国の関係者と一体となり、中国に圧力をかけています。それに比べ、日本は対応が遅れているのが現実です。知的財産権の確立を国家戦略の柱として位置づけていくならば、日本もしっかり対応していかなけばならない問題です。
中国に対して、日本企業は模倣品に限らず、多くの問題点を抱えています。安い労働力を求めて、日本の大手企業は生産拠点を中国に移し、日本では産業の空洞化現象がおきてしまいました。そして、中国の安い製品は、日本経済のデフレの要因ともなってしまったのです。
中国に進出した日本の大手家電メーカーに、ついて行かざるを得ない下請け会社などは、中国の大手メーカーに部品や素材を納品し始めたところ、代金の未払いや踏み倒しに直面。納期遅れや契約の変更も当たり前で、13億人の中国巨大市場に魅せられて進出した企業は、チャイナ・リスク(未成熟なビジネスルールや商道徳の乏しさ)に悩まされていると言います。
中国が世界貿易機関(WTO)に加盟した前後からは、さすがに裁判によるトラブルは減っていると言われていますが「支払いを出来るだけ遅らせるのが、経理の腕の見せどころ」と言うのですから、日本にとって「困った」では済まされない問題です。
中国も国際社会のなかで、世界の国々と良好な関係を築いていこうとするならば、特許の野放しや商道徳の体質を変えていかないと2008年のオリンピック開催どころか、世界から相手にされなくなってしまいます。
人権問題も情報の公開も十分とは言えない中で、国際社会の一員としてやっていくことには無理が出てくるかも知れない。市場経済を本格的に導入して、まだ10年そこそこの中国です。僕は、中国に進出して行った日本企業の多くが、4、5年のうちにはいろいろな問題に直面し、痛手を負って戻ってくるのではないかと、心配しています。
2003年9月出版本「日本の進むべき道」より転載
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